宮澤敏文

えりものこんぶ

寒流と暖流がぶつかり合う北の海から上る黎明を浴びようと早起きすると5時30分、突然けたたましいサイレンがえのも岬に響いた。

今シーズン初日の昆布漁解禁の合図であると知らされた。早速 浜に出ると沖合いでは、男たちが 海中の昆布をすばやく漁船に引き上げ、浜に向かいそこで待つ軽トラックに昆布を乗せ変え、一面浜に小石をひいた乾燥場に運び、女や子供たち家族総出で、すばやい動きで昆布を線状に並べていく。 その手際よさときたら見ているほうも楽しくなる。また家族が見えない糸で結ばれ、気持ちがひとつになっていてなんともすがすがしい。

岩手の南部産の赤牛をベースに工夫した牧草だけで成長する循環型エコの短角牛の研究に北海道襟裳町の高橋牧場にうかがった。放牧状況、飼い方、流通の現状、刺身からステーキ物までの食味、そして高橋夫妻のご苦労話とうれしい時の重なりを楽しんだ昨夜とは違った世界が浜で展開されていた。

高橋夫人から携帯電話が入る。昆布干の現場への誘いである。 早速 向かうと沖には、高橋さんが昆布を海中より手際よき引き上げている。奥さんと近所の友人で先代の時代に考案したリフトで船の上から収穫昆布を一段上の岸まで引き上げ、小石のひき詰められた浜に線状に並べておられた。 軍手を借り、お手伝いするとなかなかのテクニックが求められる。

「その日にとった昆布は、その日のうちに乾かさないと商品にならないので、今日のように天気がはっきりしないときは一分でも長く干すことが必要で、だから戦場のようにみんなが総出で走り回っているんだ。もし途中で雨がきたらまとめて隣の倉庫にしまい明日また干すんだ」と奥さんが説明してくださる。みんな集中する。膝や腰に心地よい疲れを感ずる。

9時。けたたましくまたサイレンがなった。本日の漁終了の合図であった。天気が悪いので本日乾かす分の漁はここまでとのことである。再生資源とはいえ、昆布を限りなく大切にしている漁民の配慮がうかがえる。 仕事が一段落したところで、ござをひき奥さんが早朝用意されたおにぎりでの朝食を潮風にあたりながら昆布場の片隅で輪になったいただいた。おいしく忘れられない思い出となった。

船から元気いっぱいに上がってこられた高橋さんから「戦後、浜の木が燃料として切られ砂漠化し、昆布に砂が混じり使い物にならなくなってしまった。『何とかしよう林を造ろう』と苦節40年襟裳の日高昆布が再生されたが、その道は険しくつらいものだった」ことを聞かされた。凛としたものが通った住民の今朝の様子が腑に落ちた。

高橋さんの牧場横の宿泊施設の片隅に先住アイヌ民や入植者のご苦労に感謝する慰霊塔がたたっている。 「目に見えないものと一緒にいかさせていただいたいる」という気持ちは自然が厳しいところに住むものには常にあるものだが、ここにもあった。北の国襟裳の春は何もないどころか厳しい自然と仲良く付き合う人たちの汗と輝く笑顔があった。

 「荒れる海 襟裳の夏は さわやかで 笑顔の奥に 魂眠る」 星辰

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