宮澤敏文

画家山下大五郎と卵焼き

 かなかなが命いっぱいに鳴く信州安曇野池田北アルプス展望美術館で、7月24日から山下大五郎生誕100年没後20年の記念展示会が開催されている。

お年を重ねられてからしかお会いしていない山下先生の若き日のお姿に、うれしい戸惑い感じながら、ガラス越しに眺める北アルプスの夏の風情を楽しみながら、久しぶりにゆっくりと楽しませていただいた。

「人間山下画伯がどう生きられたか」はそれぞれ画伯との距離はあろうが、わたしには我が家相道寺焼窯元に奥様と宿泊され、奥様とふたりで、父菊男や母里子との田舎話を楽しみながら、母が作る田舎料理と漬物を肴に、笑顔が絶えなかった当時のおもかげが何よりで心に残っている。

宿泊された日は、早朝、母の作るおにぎりとお茶そして卵焼きを持たれて、二人そろってスケッチに行かれた。

その度のひと時がとても暖かく、亡き母は、お二人の夫婦の絆にあこがれていたようである。大学生だったわたしが帰るとよく聞かされたものだ。

「山は重なりの濃淡が美しい」と同時に、この「安曇野は有明山、常念など重なる峰々までの里の空間が素敵である」 空気の層が刻々と姿を変え、、あるときは鳥が空に絵を描いて飛び、あるときは煙が層を創って流れる。

自然とそこにある情感を描き続けられた田園詩人山下画伯が行き着いた空間がこの北安曇野池田の東山山麓からの雄大な眺望ではなかったかと静かに思う。

もちろんわたしも絵筆を少し握るが、ただ自然をスケッチするだけでは田舎にいった楽しみは薄い。そこに心から都会からの友人を迎えたものたちの笑顔と気配りがあったりするとうれしくなるものである。

そんな意味では、我が家の母のあけっ広げの気性は、年を重ねられたお二人には過ごしやすかったのかもしれない。

忘れもしない東京から帰ったある時、元気のない父に「山下先生の奥様が旅立たれたこと、そして後を追うかのように先生もお亡くなりになった」と聞いた。

北アルプス展望美術館は、池田町の東山山麓に立てられ、北アルプスの眺望がすばらしく熊井啓映画監督も絶賛した展望のいい美術館である。そしてこの美術館のテーマはこの地に生を受けられた女流画家小島孝子画伯とお母様の家族愛である。

今回の山下展の開催は、池田町からの眺望を心から愛された画伯だけに企画された関係者に感謝したい。全国から集められた山下作品と向かい合った。しかしわたしには、家族愛をテーマとする美術館での企画展であるならば、山下画伯の多くの作品の展示もありがたいが「人間山下大五郎画伯夫婦の絆と愛」的にまとめていただきたかった気もする。

翌25日きれいに晴れ上がった明け方まだ薄暗い時、山下先生ご夫妻が、相道寺焼窯元を出られた同じ道を歩き、、同じ息遣いで、有明山の前に立った。

朝焼けの安曇野の空の層を見つめ、山下画伯の創意に感謝しながら、静かに目を閉じて目に見えない大いなる魂のご冥福を祈った。

            「限りない 空の深み 山静か」  星辰

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