至誠通天とは
過去に例を見ない少子化の影響で、児童生徒数が減り、教育現場は待ったなしに大変な事態になっている。
長野県高校教育の現場では、2年連続全校生徒160名を割ったら廃校、統合、キャンバス化(廃校後1クラス募集/年の分校)にすることが、平成19年ころからスタートした。山地が多い長野県では、国の再編基準数である240名より緩和した160名としたが、すでに2校が「存続してほしい」との地元住民の要望に応えられず対象校となった。
「白馬高校は、スキースポーツに大きな実績を残しているし、スキーを生かすためにも過去に体育学科の設置などお願いしてきたが、県教育委員会は地元要望に応えてくれなかった。生徒数が激変したとはいえ、現在長野県が推進する世界水準の山岳観高原光地域に指定され、諸外国からスキー客がやって来る国際色豊かな白馬山麓地域、白馬高校のスキーは五輪選手の輩出等、全国募集を念頭に2クラス募集で白馬高校を存続させることはできないか」と何度も県教育委員会の幹部と話し合いをしてきた。
「白馬高の良さは十分理解するが、同じ境遇にある高校と区別するわけにはいかない」「現在白馬高校のように2クラス募集が難しくなりつつある高校は県下に5or6校ある。この高校も同じようにわが高校は特別だといわれ存続を願っている。仮に例外を創ることが許されるとしたなら、相当な決意のもと地元行政が存続するために経営も運営も担い、共に汗をかかれるかである」「それでは白馬小谷両村が、将来の人材づくりの場として白馬高校を残すために、地元がやれることを実行する体制を創ると対応された場合は、県教育委員会は白馬高校の2クラス存続を実現して頂けるのか」「現在は160名の規定は生きている。取り組まれた結果が出ないと白馬高校だけ別とはいかない」「高校教育自体変革の時に来ている。結果を出すことは同然である。まずは白馬小谷の地元が存続するために地元ができる方針を出して来れば、同じテーブルしかも丸テーブル付いて一緒に知恵を出していただきたい」「宮澤議員の申し入れに、県教育委員会の関係者で協議する」県教育長、次長始め課長らと真剣な論議を何回も繰り返した。
「宮澤議員の働きがけや5回にわたる両村長議長、同窓会の「①2クラスそして一クラス白馬地域の特性を生かしたスキーと外国語観光学科②全国募集」の要望を検討することとした。しかしあくまでも地元がどうかかわり、成果を上げるがポイントになると思う」教育長ははっきりと明言した。
太田白馬村長は悩んでおられた「もう2期村長をやり遂げた。ここらで後継に渡すべきではと思う。しかし思いもよらず白馬高校は大変な事態だ、せっかく宮澤県議がここまで県教育委員会と詰めて白馬高校の存続の可能性を固めてくれた。しかし村民のほとんどがこの事態を理解されていない。白馬高校を守ること私がやらなければと決意した」と親友のシュラリゾートの富原さんに話されたと聞いた。
富原さんは体調を崩しておられた。「高校がなくなれば観光地白馬の力は急速に弱まる。いま世界から顧客が集まるのは白馬山麓の自然の深さと人がいるからだ、外国語とスキーを中心として白馬高校を活性化させて、人を集める中心に据えたらどうだろう。私ができることは何だろうか」とブリティシュスクールとの連携を模索する草本さんを始め、広いネットワークで普通科外国語を大学科とする学校教育課程の検討まで入り込んでいった。
日本スキー界のトップである丸山庄司さんは、「今後スキーだけでは生徒は集まらない。進学を中心に実績を創らなければ」と力強い文字でコメントを寄せてこられた。
「方向は決まった。さてこれをどう展開すればいいのか」
富原さんは私たちにヤフーの宮坂さんを紹介された。六本木のヤフー本社の特別会議室に伺うと宮坂さんと島根県島前高校を再生された岩本さんがおられた。白馬高校のICT教育への協力を検討することや27名/学年になってしまった隠岐の離島の島前高校を全国から生徒を募集し、東京6大学に実力で入学する生徒を輩出した経過など、白馬高校の可能性が、長時間検討された。
過去に伺ったが、佐久長聖高校は、全寮制で寮生活が消灯までの学習スケジュール管理されている。白馬山麓のスキーを含めた教育力を信じて、送り出す保護者に安心して学習環境の整備はなくてはならないものである。残念ながら陳情のやり取りの中で県の寮設置の可能性はなしと判断したところから、それでは行政がしなければ信用は受けられないとの判断が下された。
来年27年度は移行への準備の一年として現状のままでの普通科2クラス募集、28年度からは、1クラス普通学科+1クラス外国語学科に主体を置く観光学科そして全国募集が始まるのである。
私は県教育委員会に3年は時間をいただきたいと申し上げている。スタート直後いくらみんなで力を合わせても実績も事業内容もわからない学校に全国から生徒は集まりにくい。当然弛むことのない地元両村の努力は大前提であるが、すぐさま結果は出ないだろうと県教育委員会にお願いしている。
今までないことを実行し、それを新たな方向に仕上げることは大変なことである。みんな理解し合えればいいのであるが、残念ながら温度差はまちまちである。教育改革は今やらなければならないことだと思う。その第一歩は例外創りから始まる。そのためにはかかわる人たちの熱い情熱と粘り強い汗が何より必要である。
私は毎日の早朝散策の時、白馬三山に合掌する。何とかやり遂げたいしできると信じせている。それは白馬の限りない可能性と素晴らしい人間力を痛感しているからだ。
この白馬山麓からの長野県初めての挑戦は、これからが本舞台となっていく。
「凛として そびえる峰に 明日の陽がさす」 星辰
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