宮澤敏文

75歳万歳

2020年の東京オリンピックがもうそこまでやってきている。1964年の東京オリンピックも多くの感動と物語を与えてくれた。日本社会の節目の行事だった。

当時の日本の平均年齢は31歳。大戦後、前をむいて一生懸命に歩いてきた日本の世界への大きな復活のアピールだった気がする。

そして約55年、人口は1億2000万人を超え、世界10位を誇り、とりわけ経済力は、世界の大きな存在となり、古来の四季の自然を愛し調和する心と新たのものを開発する研究心に満ちた半世紀だった。

ここ数年世界は大きく様変わりし、貨幣決済が電子媒体に変わり、自動車は無人で運行し、海外とでさえ、会議が画像でできる時代となった。そして日本の平均年齢は48歳になり、地方では子供がいない時代へ突入した。

私の住む人口1万人の池田町の今年の出生者は30名と聞いた。

長野県は高等教育の学校が少なく、全国で一番県外で高卒の若者が学ぶ都道府県であり、学校卒業後、長野県に帰ってくる若者は37%である。

お祭りのお囃子の子供がいない、舞もできない、防災の担い手消防団も入り手がいなくなって地方のコミニティーは維持できなくなっている。

1年前、県議会本会議で3番目からの子供には5万円/月を18歳まで支給したらどうかと提案した。お金を差し上げれば出産できるものではないことは十分理解している。しかしこの状況を何とかしなくてきっかけづくりの提案であった。

おる旅行会社が雪下ろしツアーを企画したら募集者が殺到したそうである。竹藪の整備にも同じ話を聞いた。お金を出しても人のためになる社会に貢献したい日本のおじさんたちである。逞しくありがたい。

戦国時代武田家が日本海への守りのために、名家から人を募った移住させた新潟県と長野県の県境に小谷村大網地区がある。50名ほどが住むが村の消防団長を務めた原さんは75歳、集落で2番目に若い頼りになる担い手である。奥さんを亡くされお子さんからは一緒に住もういわれるがひとりでなんでも村人のために頑張るすごい人である、ただ冬の雪下ろしはもう辛くてつらくてと愚痴が出る。

どのようにこれらの集落を継続させたらいいのか。向き合えば向き合うほど答えは見つからないが、とりあえず働く場の確保と沢や山に長靴ではいる。

笑顔があったい人達ばかりで、いつまでも元気でと合掌しながら、ギフ蝶の里を後にする。

  「元気にうちはと 笑うひげ顔 逞しい」  星辰

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