宮澤敏文

地平線に沈む太陽

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10月28日5時50分まだ暗い吉林省長春駅に夜行電車は滑り込んだ。

日本ら持ってきた大きなお土産袋をひきづってホームに立った。聞いてはいたがこの駅のホームは長い。みんな無言で荷物を抱え出口へと急いでいる。荷物の重さになれてくると東北部の奥からこられただろうか、ひと時代前の服装をした親子が目の中に飛び込んできた。出口に殺到する乗客でごった返す中、両親にはぐれまいと両手のほかに風呂敷包みを背中に背負った10歳くらいの男の子が、周りの大人に押しつぶされながら、必死で付いていく。この家族はふるさとを離れ、新たな生活を始めるためにこの町へ着たのだろうか。懐かしさすら感ずるこの親子の背中にどうか無事でと祈りながら改札口を出る。

早朝にもかかわらず駅には吉林省体育局滑雪協会の李副会長が出迎えて下さった。アジア大会のスケート会場を視察する前にホテルでシャワーを浴びる手配をしていただいたのには感謝する。夜行でちじかんだ体に熱いシャワーをと願ったがシャワーは水のままであった。700万人の人口を誇る長春市は道路が広く整然とした都市で、高層アパートの建設がいたるところで始まっており、活力が伝わってくる。名古屋市役所を思わせる関東軍司令部建物を横に見ながら、中央市場を視察する。現在の中国では、建設ラッシュのアパートに自分の住まいを持つことが夢となっているようだ。居ぬきの部屋に水道の蛇口から電気のコンセントまですべて入居者が選び内装を家族で工夫するため、その器具等このような市場で買い求めるのだそうだ。相談しながら真剣に買い求める若いカップルをあちらこちらに見つけ、ほほえましく心が温かくなった。にぎわう市場からスケート施設を見学し、車で4時間ほどかかる通化市へと向かう。

地平線まで平らな農地にトウモロコシが植えられている。すでに収穫は終わり、刈られた親木が線状に集められ、それを自宅に運びのだろうか農家がせっせと働いている。そんな車窓の風景が何十キロ行っても目に飛び込んでくる。

戦前この東北部(旧満州国)へ移民した人たちの生活ぶりが脳裏に浮かぶ。戦前長野県から中国東北部へ全国一の農耕移民がこの地ヘ入植した。その生活ぶりは大変だったと聞いている。やせた土地、不足する水、冬が早いため、収穫量は望めない、冬の凍てつく寒さ等、幼き日にこの地で暮らされた近所の元気なお年寄りから「正月の酒は氷りのままで家に届いたものさ、風が強く外に出ていられる状況ではなかった。それはそれは大変だったよ」その言葉が自然と聞こえてきた。雄大に赤く燃えながらそれでいて小さめな地平線に沈もうとしている太陽に静かに目礼した。

しかし先ほどから農家を注目しているが、ほとんど作業しているのは一人か二人である。農業は手が多くかかる産業であるのに、一人っ子政策の影響だろうか。中国は16億人が暮らす世界一の大国である。この国を維持するために数十年前から子供は一人しか認めない方針を採用した。農家も然りである。家族労働に頼る農業は確実に衰退する。それを解消するために機械化が急がれるが、長春市の平均月収は日本円で三万から四万円である。農家はもっと低いそう簡単ではない。中国の継続的発展のキーワードなる気がしてならない。

先日 大連市三島食品の野口社長が話していた「近い将来、この国は生活力がつけばつくほど十数億人の食料を自国で供給する力は今のままの食糧生産体制では中国に無いし、当然61%の食料を海外に頼る日本へ送る食料などなくなるだろう」という言葉が脳裏をかすめる。

21世紀は、合衆国の時代から多極時代になり、日本、中国、インドのアジア三国の置かれる立場は重要さを増すであろう。その時日本の少子化、愛国心を忘れた世代と並んで中国の高齢化とひとりっこ政策が生んだハングリー精神を忘れた子育ては、大きな今後の発展の弊害となる気がしてならない。

4時間近くハイスピードで走って車はシャンデリアネオンで橋や建物が飾られた美しく暖かい町通化市に着いた。

  「限りない 地平線に 夢かけて 耕す大地に 妻子らほほえむ」 星辰

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